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国際伝統医学センター

研究室だより

伝統医学へのとびら−研究室だより
2002 年 11 月 01 日 号
『時間の長さを変える?伝統医学的療法』
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時間の長さとは
 「ねずみの時間・ぞうの時間」という本がある。それぞれ動物の寿命の長さが違うことから、それぞれの動物にとって、同じ時間長でも、意味が異なるということを述べてある。これは、人間同士にも言えるかもしれない。また、同じ人間でも体調や精神状態によっては、時間の長さが異なるのである。それが治療により短縮してくる。このような個人の時間の長さを測る方法は、ストップウオッチをもって画面をみないで30秒を数えてもらい、本人が30秒だと思った時に、ストップウオッチを圧してもらう。その時が35秒であれば、その人にとっては時間が長いことになる。これは肥満者などに関して研究されてきた。肥満の人では、同じ30秒間でも、他の人より長いことが知られている。逆に、いつもバタバタして痩せている人では、30秒と言っても、25秒というように短いかもしれない。このように、人にとって時間の長さというのは、変化しうるものである。30秒間が35秒になる人は、寿命も長いかどうかは不明だが、いつもバタバタして30秒が25秒になる人では生活習慣病に成り易くて寿命が短いことは十分に考えられる。よく「アッという間に終わった」などという体験をすることがあるが、これなどは、時間が短く感じたことなので、30秒間を測ってもらうと35秒になることになる。つまり、時間が長くなるのである。これは「時間認識=個人の時間の長さ」が変化したことになる。

 実は、伝統医学的療法には、時間認識を変えるものが多い。むしろそれを介して効果を出しているのではないかと思える方法もある。そのような伝統医学的療法を受けると、時間感覚が一時的に喪失してしまい、「アッという間に終わって」しまうのである。さらには空間認識が消失し、ふわふわ浮いている感じがすることもある。しかし、これらの体験は非常に快適で恍惚感を感じる例が多い。このような体験をさせる伝統医学的療法の代表が、インド伝統医学に伝えられたシローダーラー(シロー:頭部、ダーラー:滴下)と呼ばれるオイル滴下療法である(図1)。また、このような体験は、変性意識体験(Altered state of consciousness:ASC)と呼ばれており、オイルを額に滴下する治療だけでなく、瞑想やアロマテラピーでも体験できると言われている。

 日本の伝統でも、実際にオイルを頭部に垂らさずにイメージだけで行う方法がある。これは、日本の臨済宗の白隠禅士が考案した「軟蘇(なんそ)の法」と呼ばれている。イメージで、頭部に芳しい暖かいバターのようなドロッとしたものが載っており、それが徐々に溶けて頭部から垂れていくイメージを感じる方法である。
時間の認識の変化を示すデータ
 「軟蘇(なんそ)の法」に関してはデータはないが、我々は研究を目的として、シローダーラーの方法を標準化するため、癒しロボットを作成した。その癒しロボットによるシローダーラーを受けて「アッという間に終わってしまった」という体験に関しては、65%が体験した。そのうち15名において、30秒の時間間隔を測定してみると、図2のように、同じ30秒間でも、施術を受ける前と比較して、有意に長くなっているのである。対照の施術を受けなかった10例では前後での変化はおきなかった。

 このようなシローダーラーによる時間認識の変化は、変性意識体験の1つであるが、時間の喪失感以外に、恍惚感、言葉の喪失感、注意が一点に集中している感じ、受動感などを体験している。時間認識の変化も含めて何らかの変性意識体験を体験した人は、我々が行った56例のうち、88%にのぼった。そして、56名の結果から、このような変性意識体験をする人ほど、不安度が軽減し、足背部の皮膚温が高くなることもわかった。

 さらに、ここでは紹介する余裕がないが、その施術時の脳波は瞑想と類似して、施術中には前頭部にα波〜θ波が優勢になり、施術前と同じように、施術後には後頭部にα波の優勢がシフトした。

 最近欧米では、抗不安薬や抗鬱剤の利用者が増大しているが、それらは長期連用で副作用の心配がある。伝統医学的療法は、自分自身の体内に、抗不安成分(おそらくセロトニンなどのモノアミン)を放出させる療法と推定される。我々は、伝統医学と現代医学の統合の雛型として、現在研究を進めている。
(上馬場 和夫)

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