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平成23年度 健康医学講演会 7月


心の健康づくり ~うつ・自殺予防に向けて~

グリーンヒルズ若草病院 片町 隆夫
医師




 健康とは、WHO憲章では1948年に「健康とは、身体的、精神的、社会的に完全に良い状態にあることで、単に疾病または虚弱でないということではない。」、広辞苑(岩波書店)では「身体に悪いところがなく、健やかなこと」、新明解国語辞典(三省堂)では「(肉体的・精神的な異常がなく)日常の社会生活や積極的行動に耐えうる体の状態。」、澤瀉久敬博士は「朝目が覚めたとき、体に異常を感じず、すぐに起きられるというだけでなく、また、ただ気持ちがさわやかであるというだけでなく、目が覚めるや否や、その日の仕事に対する熱意がわいて、じっとしておれないという状態、それが本当の健康といえる」と定義している。
 心とは、宗教、哲学、心理学、他各分野によって、また、国や地域によって解釈が違う抽象的な概念で、一定の表現や定義が困難である。広辞苑(岩波書店)では「人間の精神作用のもとになるもの」「人間の精神の作用そのもの」「知識・感情・意思の総体」と定義する。医学的には脳の働きによって作り出されるものと解釈する。その心の状態に影響を与えるものとして、身体的状態、身体機能の一部としての脳の状態に変化が起こったときや、各年代、社会的地位、個人の性格によって違うが、家庭・近所・会社などでの出来事、ストレスなどがある。


 「ストレス」とは、外部からの刺激「ストレッサー」を受けて、生体に起こる反応のことをいうが、日本ではこの「ストレッサー」にあたる「原因」に関しても「ストレス」といわれることが多い。
 ストレスの原因は、精神的要因、身体的要因、環境的要因に分けることができ、精神的要因として、自分の能力に対する不安、社会や家庭における人間関係から生じる緊張・不安・恐怖・罪悪感、自分の将来に対する不安、自分でコントロールできるという感覚の喪失、長時間の緊張などがあり、身体的要因として、肉体的な疲労、睡眠不足、肉体的な痛みや発熱、内科的・外科的な障害や怪我などが、環境的要因として、騒音、温度・気象の変化、タバコなどの空気汚染などがある。
 ストレスが続くと次の3つの段階を経過する。1.警告期(受動的反応期)「疲れたなぁ」「体調が悪いなぁ」というような危険信号が体から発せられている時期で、血圧の変動、肩こり、イライラ感、ミスが多くなる。2.抵抗期(ストレスに対して反発・抵抗する時期)疲労感が興奮に変わったり、逆に脱力感に陥る時期で、血圧の変調が本格化し、胃や心臓に異常が現れる。仕事を抱え込んだり、かえって仕事を休まなくなることもみられる時期。3.疲弊期(疲れきり、本当の病気に移行する時期)電気が切れるように踏ん張りが効かなくなり、自分の力ではどうにもならなくなる時期で、集中力がなくなり、物忘れがひどくなる。億劫で何もする気が起きなくなる。ストレス性潰瘍などの心身症やうつ病など心の病気になる。病気にならないためには、ストレス対策が必要である。
 ストレス対策には、負担が重過ぎることから「逃げる」決意をするなど、不要なストレスはかわすことや、たまったストレスは早めに発散すること、また「自分はいつも失敗する」「自分だけが損をしている」などと、ストレスを感じやすい思考パターンをしていないか考え方を見直してみることなどが必要になる。また、早寝早起きや朝食をしっかり摂ること、疲れを感じたらゆっくり休むようにするなど生活のリズムを整えることも大切である。


精神疾患と自殺

 1998年以来、13年連続で年間自殺者が3万人を超えている。これは、交通事故死者の5倍以上になる。また、自殺未遂者の数は既遂者の10倍以上といわれ、30万人以上いることになる。自殺あるいは自殺未遂が1件起きると周囲の人最低5人が非常に強い影響を受けるといわれており、ハイリスク者がさらに拡大することになる。自殺で亡くなった人の96%は何らかの精神障害に該当していた可能性があるが、実際に精神科治療を受けていた人は1~2割に過ぎないという。自殺と密接に関連している疾患はうつ病で、自殺者の30%を占める。他に自殺に関連した精神疾患は、統合失調症、薬物乱用(アルコール依存も含む)、パーソナリティ障害などがある。
 統合失調症:頻度は100人に1人、性差はない。10代~30代の若い人に発症する。病因として、素因のある人にストレス、環境要因などが加わり、脳内の神経伝達物質異常を来したことで起きた脳の機能障害と考えられている(ドーパミン仮説)。症状は思考障害、自我障害、幻覚、感情障害、意欲行動の障害などが特徴的である。治療は薬物療法が中心で、定型薬と非定型薬(第2世代)を用いるが、最近では副作用が少ない点から非定型薬が多く使用されている。他に精神療法、認知行動療法、作業療法なども併用し、社会適応力の改善を目指す。
 うつ病:生涯有病率は男性5~12%、女性10~25%、時点有病率は男性2~3%、女性5~9%、慢性の身体疾患のある患者の20~25%にうつ病が合併している。うつ病になりやすい人の傾向は几帳面、責任感が強い、仕事熱心、凝り性、熱中しやすいなどの特徴がある。うつ病患者さんの90%は初診で専門医以外を受診しており、初診医にて「うつ病」と適切に診断されているのは10%に過ぎない。その原因は、うつ病には精神症状のみでなく、多彩な身体症状が同時に、または、先行して出現するためである。うつ病の精神症状には、感情の障害として抑うつ気分、興味関心・喜びの消失、不安・焦燥感、意欲の障害として気力・意欲の減退、活動性の低下、思考の障害として集中力の乏しさ、自責感、妄想(罪業妄想、貧困妄想、微小妄想)、希死念慮などがある。身体症状には、睡眠障害、食欲低下、頭痛、腹痛、関節痛、易疲労感、肩こり、吐き気、便秘、息苦しさ、咽頭部違和感、頻脈、不整脈、高血圧、動悸、性欲減退、月経異常他、自律神経症状を中心に多彩である。治療は、薬物療法、精神療法(認知行動療法を含む)、休養、環境調整を併行して行う。治療開始時には、うつ病が「治る」病気であること、しかし「再発する」可能性があること、うつ病は「怠け」でなく脳の「病気」であり、休養が必要であることを説明する。また、治療中は物事を正常に考えたり判断することができないため、退職や離婚などの重大な決断をしないように指導をする。治療中は自殺をしないことを約束する。自殺念慮について質問し、約束することは自殺を思いとどまらせることにつながる。


薬物依存:
WHOは依存を「薬物の精神作用を体験するため、あるいは、時にはその薬物の欠乏からくる不快をさけるために、その薬物を継続的ないしは周期的に摂取したいという衝動を常に有する」と定義する。依存には、精神依存と身体依存があり、精神依存は脳の報酬系に異常を来し、薬物に対する渇望に支配され薬物探索行動をおこすもので、依存の本質的なものである。身体依存は体に生理的な作用が起き、薬物なしでは体が正常に機能しなくなる状態(離脱症状など)をいう。薬物の問題としては、乱用の結果として依存となり、身体疾患を合併するような中毒に至ることで治療が開始されるが、中毒は治癒しても依存は治癒していないことが多く、再び乱用が行われることである。これは、非合法薬物だけの問題ではなく、アルコールでも問題になっている。また、医療機関から処方される向精神薬も同様の問題があり、近年乱用の増加傾向があるとの報告もあり、薬物関連の自傷、自殺行動の間接的な加担者にならないよう医療者も注意が必要である。


パーソナリティ障害(人格障害):
人格とは、その人個人の行動や態度、考え方など、一貫して安定した「その人らしい」特徴をいう。それは、生物学的素質(遺伝的要因)と社会文化的要因(環境的要因)の相互作用の結果として発達していくものと想定される。人格障害はこのように形成された人格によって社会的生活や職業的機能が障害を被る場合に診断される精神障害である。人格障害は、その性質によって多くに分類されているが、自傷、自殺にもっとも関連のあるタイプは境界性パーソナリティ障害であるといわれている。この障害は、行動パターンや精神症状の不安定さ、特に感情や自己イメージの不安定さが特徴で、コントロールできない激しい怒りや抑うつ、焦燥など気分の著しい変動をみせる。それらの不安定さのために、自傷行為や自殺企図、浪費や物質乱用、性的乱脈など自己を危険に曝す衝動的行動に至る。治療は、現実に対する認知の歪みを修正するような精神療法をおこなうことや、抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬を症状の特徴に対応して使用するなどの方法があるが、薬物の多量服用など乱用の問題があるため、慎重に行われる必要がある。


 以上が、自殺の原因となる代表的な精神疾患の概略であるが、決して珍しい病気ではなく、友人、同僚、家族など、身近な人々の中に発症していてもおかしくないくらいの頻度である。お互い一人ひとりが、病気についての知識を持ち、周囲に都合の悪い人が居れば受診を勧めたり、または休養をとりやすくなるように支えてあげるなどの行動をとることで、自殺を予防する力の一つになるものと考えている。





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